綿貫佳祐 デザインポートフォリオ

思考のエクスポート

伝えたいのは結論ではなく、思考する関数そのものだという話。

私には、自分の思考を他者に渡したいという欲求があります。

知識や意見を伝えたいという話ではありません。
もっと根本的な部分、思考の仕方そのものを、自分の外に出したいと思っています。

ブログを書いているのもその試みの一つです。
しかし、やればやるほど、これがいかに難しいかを思い知らされます。

出力ではなく、関数を渡したい

  • 何かについて考え、結論を出す
  • その結論を文章にして伝える

上記は「思考の出力」を渡す行為です。
しかし、本当に渡したいのは出力ではありません。

出力を生んだ思考のプロセスそのもの、つまり、対象から距離を取り、俯瞰し、メタ的に捉え直す動き方を渡したいのです。

計算結果ではなく関数を渡したいといったイメージです。

しかも、一度実行して終わりの関数ではなく、自分自身を入力として再帰的に動き続ける関数です。

「こう考えるべきだ」という結論を受け取っても、次に別の問題に直面したとき、その結論そのままでは使えません。
しかし「主観に埋没しそうになったら一歩引いて、TPSやRTSのカメラのような視点で見る」という思考の動き方が身についていれば、どんな問題にも適用できます。

私がエクスポートしたいのは、そちらの方です。

ランタイムの問題

しかし、関数はそれ単体では動きません。
関数が実行される環境(ランタイム)が必要です。

私の思考の関数は、私という個体の経験の上で動いています。
意思決定コストを削ぎ落とし、重要な思考以外に極力リソースを割かない生活に根ざしています。 大抵の人間とは、根本的に異なる関心の配分と言えるでしょう。
そういった環境の上で、この関数は形成され、実行されてきました。

この環境ごと渡そうとしても、相手のハードウェアが要求スペックを満たしませんし、そもそも、満たしてほしいとも思いません。
私の生活を他者に強要するつもりはありませんし、この生き方を良いと思う人はほとんどいないでしょう。
実際、他者に話すと大抵「そんな生活は嫌だ」と言われます。

つまり、ランタイムごとエクスポートするという選択肢は、現実的ではありません。

翻訳するという選択

であれば、やることは1つです。
相手のランタイムで動く、別の関数に変換することです。

これは翻訳に近い作業といえます。
原文の意味を完全に保ったまま別の言語に移すことはできません。
必ず何かが抜け落ちます。
しかし、原文を読めない人に何も届かないよりは、多少劣化しても届いた方が良いです。

私が日々のエクスポートで試みているのは、この翻訳です。

自分の思考をそのまま書いても、多くの人には届きません。
前提が違い過ぎます。

だから比喩を使い、構成を工夫し、読む人の文脈に接続できる形に書き換えます。   その過程では確実に何かが落ちています。
100のうち30しか届かないかもしれません。

それでも、0よりは30の方が意味があります。

ここで一つ、正直に書きます。
これまで私は、翻訳を重視する中で、伝える内容自体を薄めてきた側面があります。
炎上を避け、中立を装い、「自戒を込めて」というポーズで角を丸めてきました。

しかし最近、それは翻訳ではなく検閲ではないかと思い始めています。
届く確率を上げるために、届ける内容の核を削っています。

大半に伝わらないよりは、半分に伝わって半分に反発される方が、関数としての動作を忠実に伝えているのではないか?と思うようになりました。

装置としての個体

もう1つ、このエクスポートには厄介なパラドックスがあります。

私は、自分という個体に大した価値はないと思っています。

歴史を俯瞰すれば、一個人が及ぼす影響など取るに足りません。
しかし、私がエクスポートしたがっている思考の関数は、この「取るに足りない個体」の経験なしには生まれませんでした。

個体に価値がないのに、個体なしに存在しない思考には価値があります。
だとすれば、個体とは思考を生成するための一時的な装置のようなものかもしれません。
装置自体はいつか壊れますが、装置が生成したものは残り得ます。

しかし、ここに問題があります。関数の動作を正確に理解してもらうには、その関数がどんな環境でどんな入力を受けて形成されたかという来歴の情報が必要です。
つまり、装置の仕様書がなければ、出力の意味が正しく伝わらない。

エクスポートの精度を上げたいなら、価値がないと思っている個体(私自身)の経験を書く必要があります。
これは矛盾しているようで、考えてみれば当然のことです。
アプリケーションのREADMEに実行環境の要件を書くのと同じことですから。

不完全なエクスポートを続ける

完全なエクスポートは、おそらく不可能です。

  • 思考の関数をそのまま渡すことはできない
  • ランタイムごと渡すこともできない
  • 翻訳すれば必ず劣化する
  • 装置の来歴を書けば伝わる部分は増えるものの、完全にはならない

それでも、試み続けることには意味があると思っています。

私一人の翻訳がそのまま世界を変えるとは思いません。
しかし、同じように自分の思考をエクスポートしようとする人が増えれば、そのうちの誰かの翻訳が、誰かのランタイムで正確に動くかもしれません。
確率の問題です。

私にできるのは、その確率を少しでも上げるために、翻訳の精度と誠実さを高めてエクスポートし続けることだけです。

不完全でも、エクスポートし続ける。
多少の反発を受けても、核を削らずに届ける。

存外、その積み重ねの先に、思考が個体を超えて動き始める瞬間があるのかもしれません。